満月の僕
-みつるつきのしもべ-



 アタシは討伐隊に志願して、討伐隊のルーキー・ニコルとの腕試しでばっちり勝って、みんなに実力を認めてもらったの。で、その組み手を偶然見ていた王子と赤鬼にも実力を認めてもらって、ようやく討伐隊の戦力として数えてもらえることになったの。ほんと、アタシのこと信用してないんだから!
 かくして王子と赤鬼、第二隊の八人は村の四方に位置する門を巡り、各所に騎士を配置していった。最も人通りの多い東門はジョン、次に人通りの多い西門にはロイドね。門自体は難ありだけど、視界の開けていて、今回の現場に一番近い南門にはシグ、森に面してて、一番可能性が高いと思われる北門にはジョシュが配置されたの。で、アタシとニコルは、それぞれ一人ずつ、時間で各門を回って情報の伝達役をすることになったの。
 …で、その後の三週間は(早っ!)、村民の恐怖や討伐隊の緊張をよそに、何事もなく平穏が過ぎちゃった。信じられる?その間アタシは、第二隊のみんなと仲良くなるには十分すぎる時間を持つことができたのでツ♪
 聞いてみれば面白いみんなの過去。実は失恋から女性不信になって、結果硬派になっちゃったジョシュ。「女は苦手だ!」って言いながらさぁ、結構稽古付けてくれたのよー。逆に、童顔が災いして「男らしくない」って失恋したニコルは、それを撤回させる為に騎士団に応募したらしいのよ。なんか、動機が何だかなぁ…ここは失恋騎士団?何度となく彼とも組手をして、結果は五分。期待されてるだけあって飲み込み早くてさ、二度同じ手が通じないの!組手してて面白い相手だけどネ★
 シグの詩的な言葉と、柔らかな語り口はとてもムーディで、洗練されたセレブでも虜になりそうなほど。…ロマンチストでフェミニスト、ナチュラリストでナルシストな彼は、やっぱり自分が大好きなんだけどね。
 ロイドが昔結構大きな盗賊団の頭領だったってのはリアルすぎて笑えなかったかも…大笑いしたケド(w*。なんでも、交易ギルドを主宰して、取引先の紹介や運搬物の半額を保証する保険をしていて、ギルド主、取引先、盗賊団を全て演じて、紹介料、運搬物(の半額)、取引先の被害額をせしめてたんだって。他にも、いろいろやってたみたいだけどね。ただ、賢くて人心掌握術に長けてる感じだから、アタシが食いつきそうな話題を提供してるだけかもって感じがしちゃう。ちょい信用できないかなぅ。
 みんなと仲良くなる以上にジョンとは仲良くなりたかった…けど、仕事熱心な彼の邪魔にはなりたくなくて、ちょっと躊躇ギミ。だけど多分、一番長く一緒にいたと思う。この三週間と言うもの、ジョンってば、昼間は通行人に聞き込みでしょ、早朝や人通りの少ない時間には、現場に出向いて調査をしてて、夜は夜で村民宅を回って聞き込みをしたり、集めた情報を紙面にまとめたり…未だ現れぬ敵の正体を探ろうとしていたのよ!かっこいいよね。働く男の人って…イケメンだからかっこよさ200%よン★もちろん集めた情報は逐一王子達に報告してたよ。でも、そのせいでジョンの睡眠時間はアタシ達なんかよりずっと少ないはず…。
「とんとん♪ジョンたん、今夜も遅いの?」
 その日もいつものように村の宿屋で入浴を済ませて、袖なしローブだけ(♪)を着て宿舎に戻って、生乾きの髪をチョンマゲにして、きれいさっぱり良い気分♪なんてったって、これからの時間は眠るまでジョンといられるんだから、これ以上嬉しいことなんてないよぅ★そして、アタシは何もない空間をノックする仕草で、ジョンに声を掛けるの。これがいつものお約束だから。
 アタシは彼の隣に腰を下ろして、彼のにらめっこの相手を覗き込む。紙面の最上段に「村人の証言」と書かれた紙にほとんどコメントはない。それとは対照的に、「現場の状況」と書かれた紙の方には、複数枚に渡ってコメントや図が書き込まれてる。『大きな音、目覚めた』とか『大きな足跡』だとか、所々に走り書き。
 事件が起こったのは現南門そばの視界が開けた地域とはいえ村外れで、犯行推定時刻は夜中から明け方にかけて。もともと人目のない時間で、実際発覚したのも翌朝になってから…。事件発覚と同時に領主に報告するほどの村にしては、騒ぎになるまでちょっと時間がかかりすぎている。…つまり、全然、全く、だ〜れも気づかなかったってことじゃない?これって。
 彼の前に広がる紙を覗き込もうとしてジョンにぴたりとくっつく。すると、ジョンが不意にアタシの名前を呟いた。きゃ〜!もしかして湯上りりきゅあチャンにクラクラモード?三週目にしてついに!?…そう思うと、返す返事もウワずってしまう(恥。いゃん♪(ぉ。
「…なぁに(///?」
「あのさ〜りきゅあって、どこの生まれだっけ?」
 いやん、生まれた場所がどこであろうと、死ぬときはあなたと一緒ヨ★…などと妄想していると、紙面を覗き込んだままでジョンは続けた。
「冒険者ってさぁ、いろんな土地を回るんだよね。今までに、今回の事件と同じような事例とか…見たことないかな?」
 ちぇーっ。そゆことかぁ。アタシに興味なんてないのかなぁ?そう思いながらも過去の記憶をひっくり返す。冒険といってもまだそれほど深くなかったり。でもでも、言ってしまった手前、ありったけの記憶と知識を搾り出す。ふぬぬぬぬーっ。
 その絞り汁の成分表示は、どこにでもありふれたモンスター襲撃の幕開けが80%、魔術師の仕業が10%、その他人外(自然だったり、古代の呪いだったり)の仕業が5%、その他が5%だった。どれにしても今回のケースに当てはめるのは難しい。襲撃系なら本体到着が遅すぎるし、術師にしても何らかの要求だったり声明があるはずだし、人外やその他は予測不能だし…。
「似たようなのはたくさん見てきたけど、ここまで酷いのはちょっとなかったかなあ?」
 人差し指を唇に立てたまま、視線は上を見上げていた。天井に何か書いてあるわけではないけれど、何故かそうしちゃう。ジョンはちょっと落胆した様子で、そっ…か、と微かに声を漏らすと、また考え込んだ。アタシは力になれない情けなさ大盛で彼に謝るけど、彼はこんなときでも優しい。
「謝ることはないさ。十分有力な情報だよ。少なくともこの近辺の国では、これほど奇異な事件は起こっていないということが分かったんだからね。僕らみたいに宮廷に篭りきりで、戦争でしか外出できない騎士じゃ、到底手に入らない情報だからね」
 そう言って彼は微笑みかけてくれる。なんてプラス思考♪さすがアタシの彼候補★(ぉ。それからどれくらい経ったくらいだろう?アタシはまた、いつものように彼に寄りかかるようにして眠りに落ちた。
 翌朝、いつもよりだいぶ早めに第二隊は叩き起こされた。ジョンたんとラブラブな夢を見ていたので、目覚めは悪くなかったケドネ。早起きさせられたのは、今ある情報を元に考えられる犯人像を伝える為だった。もちろん完全な推測と言う前提を強調してジョンは語り始めた。
「みんなも知っての通り、村民による目撃情報は一切ない。だから、これから僕が言うことは現場からの状況証拠を元にした、完全な推測だ。思うところがあるなら、何なりと言って欲しい」
 いったん言葉を切り、現場の状況を記した紙束を高々と揺する。
「僕がここにまとめたことから、要点だけを伝える。まずは犯行の動機。これは純粋に空腹と考えた。羊と住人、共に生きたまま食いつかれている。殺してから食らったのであればあれほどの出血はないし、下半身だけの羊の足元にはもがいた後があった。それに、家屋部分には貴重品や金品の類がほとんど残されていたという。ほとんど、と言うところが引っかかるかもしれないが…」
 彼は紙束を持った腕で空を凪いだ。
「家屋部分はえぐられたように半壊している。そのときに破壊、紛失した可能性も考えられる。瓦礫を片していないから何とも言えないがね。
 そして次は、犯人の知能程度だ。これは言うまでもなくみんなも分かっているだろうけど…」
「とんでもない馬鹿だなそいつぁ。金品が放置されたままだなんて、俺達ゃ聞いてねーぜ?」
 ロイドが口を挟むが、ジョンは微笑んだまま続ける。
「ロイドが言った通り、犯人は極めて知能が低い。通常の人間の暮らしをしていれば、金銭を奪っておけば、しばらくは空腹をしのげることくらい分かるはずだ」
 再度口を挟むロイド。
「人目のない深夜、そのうえ村外れの羊農家を狙ったのは?」
 本当に疑問に感じている様子ではなく、ジョンを試す意味合いが強いと見て取れる。
「これが計画的犯行であれば評価できるところではあるけれどね。僕は動機を空腹とした。それはおそらく突発的事件だと考えたからだ。深夜というのも偶然だろうと思う。村外れの羊農家を選んだのではなく、家畜農家は皆、村の中央部から離れた外れに、広大な敷地と共に点在している。そして動物はいずれも、空腹時には異常な嗅覚を発揮させて餌を見つけるものさ。そうして引き寄せられた先があの羊農家だったと僕は推測している」
 ロイドはにやりと笑うと、続けてくれ、と促した。アタシがうっかり口をはさむ。
「でも、人間なら羊を生で、生きたままかぶりつくことはしないんじゃない?…人間にも」
 一同、当然だ!わかっとるわい!という冷ややかな沈黙。…言わなきゃ良かったー。
「…はは、全く、その通りだよね。さて、次は犯人の驚異的な腕力だ。羊を蛙か何かのように壁に叩きつけている。それに半壊した家屋部分…あれは一撃でやったものだ。ハンマーか何かでこまごまと崩していては時間もかかるし、騒音もひどい。住人から得られた数少ない情報の中に、”夜中に大きな音がして目が覚めた”と言うのがあるが、二度、三度とそんな音は聞いていないと言っている。裏づけは取れていると言うことだ」
 ジョンが一息つくと、今度はジョシュが口を開いた。
「…となると、奴はどれほどの武器(エモノ)を使ってやがるんだ?家を半壊させちまうなんて…」
 入れ替わりにジョンが話し始める。
「ああ。それも考えてみたさ。攻撃目標との接触面が広く、接触した衝撃で壊れないほど強力でなければいけない。予想できる形状は巨大なハンマー…家の半分くらいの大きさのね。しかし、注目すべきは、現場にはそういった物を引きずった形跡がないことだ。…つまり、常時持ち上げていたか、担いでいたことになる…」
 ジョンの言葉が途切れ、沈黙が第二隊を飲み込む。誰もがそれは人間業ではないと確認するには十分で、その凶悪なほどの腕力に恐怖感を増さずにいられなかった。沈黙に耐えられなくなったアタシは、冒険者として思い当たることを口にしていた。
「…ってことはさ〜あ、やっぱり犯人は人間じゃないよね〜★人間じゃないから、犯魔物かなぅ?」
 ロイドの視線が、アタシに、バーカ、と突き刺さる。うぐっ。気を取り直して…。
「あのね、モンスター退治のプロから言わせてもらうとね(プロって歳かよ、とロイド)…脳みそまで筋肉でできてるような奴っていっぱいいて、今回は多分ミノタウロスかトロールかな〜って感じがしたの。巨大で凶暴で肉食だし。でも、ジョンたんの話を聞いてると、ミノさんじゃ、ちょっとちっちゃいのよね。でも、トロールだともっともっとずっと北の、万年雪みたいなところに棲んでるから、出張するにも遠いかなって…」
 あ〜、沈黙がヤだから言い出しちゃったけど、結局結論なし〜みたいな。言葉に詰まって、笑ってごまかそうとしていたら、ジョンが腕組みをして大きく頷いてくれちゃってる?
「なるほどね。確かにりきゅあの言う通り、ミノタウロスでは役不足だが、トロールでは足が届かない、か。僕もその線は考えていたけど、棲息地までは考えていなかったよ。でもね、この事件にはもっと不思議な謎があってね…」
 間を取ったジョン。その間は完全な沈黙が征してた。そして、ジョンが続ける。
「…足跡がないんだよ」
 えぇ!?昨日見た紙には「1mをゆうに超える足跡」って書いてあったのに?それに、みんなで現場を確認したときにも、明らかに足跡らしき窪みを確認していたじゃない?同じように思ったのか、ロイドが噛み付いた。
「おいおい、お前さんは盲(めくら)にでもなっちまったのかい?俺ら全員で馬鹿でかい足跡を見たじゃねーか?!」
 現場検証当時、足跡らしき大きな窪みを確認してはいたが、化物の仕業と考えさせる為のトリックだと考えていたロイドも、ジョンの仮説に動かされ始めていた。ジョンは、ああ確かに、と短く返すと、組んでいた腕を片方だけほぐし、顎を摩りながら続けた。
「でも無いんだよね、困ったことにさ。……現場までの足跡が一つもね」
 第二隊は絶句した。確かに小屋内の足跡は幾つも重なっていて、家屋部分を半壊させた一撃を放った時に付いたであろう、小屋外の足跡も確認していた。けれど、この羊農家に辿り着くまでの足跡は、確かに誰の記憶に無かった。
「…それって…どゆ…こと…?」
 思わずアタシは口にしていた。もちろん歩いて来たのでなければ、飛んで来たのだろうと想像はつく。けど…、条件に合う体躯、腕力を持ち合わせていて飛来する者と言えば、そうなかなかいないのよね。サタンの分身バフォメット〜?…なんて悪い予感がよぎる。しかし、その最悪の予感を口にしないうちに、ジョンが続けた。
「どうもこうも、一概には言えないけれど…僕は三つの可能性を考えている。一つは単純に飛んで来た。これが一番自然で、動機からも、犯人像からもしっくり来るんだ。
 二つ目は敵対国からの襲撃。高位の魔術師ともなると、巨大な物体を瞬間移動させることもできると言う。歴史上の大国が、一人の大魔術師の落とした山で一瞬にして滅びた前例もある。そう考えれば怪物兵団を作って、瞬間移動で送り込む戦略も、あながち捨てきれない。…うちが小国なために取り込もうとしている国は多いからね。ただ、一度送り込まれた怪物が、姿を消したと言うことが今度は疑問として残ってしまう。
 そして三つ目。できれば避けたい最悪の選択、…ライカンスローピー。古代の悪魔が残した呪いの伝染病…」
「短く儚い人生を哀れに感じ、悪魔が人に与えた永遠の命さ」
 シグは詩的に、美しくまとめるけれど、本当は欲に溺れた人間を自滅に追いやる悪魔の甘い罠。ジョンは続ける。
「確かにこの伝染病に感染した者は強力な抵抗力、治癒力が身について、ちょっとやそっとのことでは死なない体になる。とはいえ、それはあくまで日常生活においては、だ。当然、首を落とせば死ぬし、血が通わなければ死ぬ」
「なら簡単に蹴りはつくな!」
 ジョシュが身を乗り出すが、ジョンは首を横に振った。
「しかし、どうやって疾患者を探し出す?普通に生活をし、仕事もしている。つまり、発病しなければ、見当さえつけることはできない。感染後は満月の夜毎に発病し、その者を魔獣化させるとも、獣人化させるとも言う。熊に変身したり、半人半獣の狼人間に変身した例が記録には残っているよ」
 おどけたようにロイドが指折り数える。
「熊に狼人間、他はなんでぇ?つまり、何に化けるか、皆目見当もつかないってことかい?
 ただでさえ正体がつかめねぇってのに、満月の夜に、明けてビックリ!って訳かよ」
 頷きながらジョンが続ける。
「まあ、そういうことになるな。ひとたび変身すると人としての意識は無くなり、凶暴化の末、破壊と殺戮を繰り返すようになる。その上、魔力を帯びた武器か銀製などの聖なる武器でしか傷つかず、恐ろしいほどの回復力を持っている…んだそうだ。
 その上、この病は粘膜感染で簡単に広がり、人間にしか発病しない。つまり、ペットから簡単に侵入し、ロイドみたいな女好きが感染すれば、瞬く間に広がっていく訳だ」
 やっぱり!ロイドは女好きだった!
 …と、驚くところを間違った(ぉ。
 ライカンスローピー…時代と風習を滅ぼす魔族の秘策。
 はるか昔、法制度も整わない、酒池肉林を具現化したような時代。酌み交わす盃や、交わす肉体がもたらす病魔。一夜にしてその国家に病魔は蔓延し、次の満月の夜には皆が魔獣化し、盃を交わした者、体を交わした者を殺し合い、そして滅びた。悪魔はこの奇病を最初の一人に感染させれば良かった。これを見かねた天使は貞節を守らせる為の法を授け、一つの時代が幕を閉じた。
「ばっ…ちょっと待て!俺はこの街じゃ何もしてねーぜ?!ちゃんと任務についてたじゃねーか?なぁ、りきゅあ、そうだろ?」
 ロイドの顔が、いや全身がずずいと迫ってくる。確かに本気で信用を得ようとしているようだけど、このまま放って置いたら唇を奪われそうな勢い!…こんなことで奪われるなんてイヤーっ(ぉ。アタシは両手を突き出してロイドの進行を留めた。
「ちょちょ、ちょっとーっ!待って!大丈夫!誤解なんてしてない、大丈夫だから!!」
 ロイドはそれを聞くと安心した顔になり、ほれ見ろ!といった顔でジョンに向き直る。その後ろでアタシは続ける。
「大丈夫よ、最初っからそうじゃないかなって思ってたし〜♪」
「なにお〜ぅ?!」
 ロイドは振り返りざまにアタシの頭を抱え、ゲンコツを頭にグリグリ擦りつけた。もちろん、既にいつもの陽気なロイドに戻っていた。
「ふぎゃ〜!ぐりぐりはやめて〜!ぇぅぇぅ」
 じゃれるアタシ達に笑いながらジョンは話を戻した。
「まあ、ロイドのことは冗談としても、それ以外は笑い事ではない。それに、もしこの奇病が原因だった場合、これ以上の最悪を覚悟する必要がある」
 ジョンが言葉を切ると、すかさずジョシュが繋げる。
「知らぬ間に敵は増えている、と言うことか?」
「最悪は村中、果ては国中が全員がそうなっているかもしれないと言うことですか?!」
 よほど我慢できないほどの恐怖に襲われてか、ニコルが立ち上がった。
「感染源が分からないし、まだこの奇病が流行っているとも断定はできないが、それもありえると言うことだ。もちろん、僕たちも例外ではない。身に覚えは無くとも、村の飲用水が汚染されていれば、それでアウトだ。
 現場の状況から感染者はおそらく一人。そして未だ野放しになっている。村に訪れる行商人もいるが、次の発症の一ヶ月の間にどれほど感染する物か正直見当も付かない。何より厄介なのが、凶暴化した感染者を討つと言うことが、そのまま村人殺害を意味すると言うことさ。つまり、護るべきを討つ…と言うことさ」
 ジョンの最後の一言が第二隊を完全に沈黙させた。護るべきを討つ。騎士として最悪の大罪である。そして、そこから導き出せる最も簡単な答えをジョンは続けた。
「もし、この奇病が原因だとした場合、皆には生捕りにするように努めて欲しい。生捕りは表現が悪いな、…確保して、治療しなきゃならない。もちろん残骸から予測した以上に凶暴で、手強いかも知れない。しかし、そうしなければならない…分かってほしい」
 騎士の誇りや、名誉を護るべき民とを天秤にかけた末の英断なンだ…。騎士って、大変だなぁ。なんて思っていると、流れるような美しい声が響いた。
「常に最悪を予測し、常に最悪の決断を迫られ、常に最悪の道を歩み続けた我が祖国。されど、未だ健在ではないですか。我らはその最悪の国を潰すことなく支え続けた騎士ではないですか」
 以外にも沈黙を破ったのはシグルーンだった。
「最悪であろうと選択肢が残っていれば突き進むこともできましょう。これまでも、そうした最悪の選択肢を良に、最良に書換えてきたのは、我ら騎士ではないですか」
 普段は鬱陶しいほどのナルシストも、こういう場面での元気付けにはうってつけだった。
「我ら騎士の魂は領主の、そして国民と共にあるのです。最後まで騎士として、護り、戦い抜こうじゃありませんか」
 その呼びかけに一番乗りしたのは熱い男、ジョシュだった。
「そうだ!その通りだ!俺たちゃ騎士だ。騎士の誇りを忘れるな!」
 ニコルは剣を強く握り締め、胸の前で鞘と鍔が十字になるように掲げた。
「奇病が希望で、微妙に寿命が延びたってとこか。最悪のシナリオであれば、少なくとも後一週間ちょいは確実に生きられる訳だ。その間に、何とかする為の最後の足掻きといこうか!」
 ロイドが呆れたように怒鳴り、一変して冷静に続けた。
「そうとなったら、ジョンは城に戻って文献をひっくり返した方が良いな。それから、事件当日からその前の満月の間に村に立寄った者と、事件当日以降に村から出て行った者をリストアップする必要があるな。さ、俺は提言したぜ?決断するのはあんただ、ジョン」
 以外にもそう提案したのはロイドだった。伊達に詐欺盗賊団に頭を張っていた訳ではないようだ。ここに来ての団結に、ジョンの瞳にも輝きが戻っていた。
「そうだな。そのリストの手配は君に任せたよ、ロイド。文献の調査は既に手配してあるが、僕も戻って参加することにしよう。ジョシュとニコルは村長と村人に掛け合って、集められる限りのロープと鎖を集めてくれ。シグルーンは教会に掛け合って、聖水の効能について、詳しいことを調べてくれないか」
 活気を取り戻したジョンは、各騎士に的確に指示を出していった。やっぱり、こういうジョンの方がかっこよくて素敵★そして、きっとアタシにはこう言うのよ。”僕のそばを離れるな!”って。
「りきゅあは引き続き街を巡回してくれ」
 予想もしなかった言葉にアタシは一瞬唖然としてしまった。もしかしたら1cmくらいコケていたかもしれない。
「僕はこのことを王子に報告して、許可が降り次第城に戻る。他の皆も役目を終え次第巡回に戻らせる。一人旅をしている君なら、巡回をしつつ、情報を集めるのに適していると判断した。引き受けてくれるね?」
 ジョンはずるい。これから毎日離れ離れになってしまうのに、優しい瞳でアタシを見つめる。ズルイ。あてにされた結果がこれだなんて、酷い。好きな人にあてにされたら断れないじゃないかぅ。ずるい、ずるい、ずるいよぉぅ!
「もっち、まかせてヨン★アタシ一人で捕まえちゃっても、知らないからねー?」
 アタシはココロに反して満面の笑み、いつもに増しての過剰なアピール。だけどきっと彼にはそんなの届きっこないのサ、ふふん。アタシを見つめる優しい瞳の奥には、野心家の光が指し始めていた。彼の瞳の奥に、常にくすぶっている野心家の光。見ないように、気づかないようにしていたけど、やっぱりそこにあった。
「よし、それじゃ任せたよ。君がいてくれてよかった」
 彼からの言葉…今は素直に受け取れない。きっと、アタシじゃなくても良かった。アタシの代わりがいなくても、平気だったと思う。こんなときに卑屈になっちゃう自分がキライ。
「うん★頑張っちゃうんだから★」
 …ココロに素直になれない自分がもっとキライ。
「それじゃ、皆、頼むぞ!」
 ジョンが檄を飛ばし、第二隊は各自の任務を遂行する為に散会。ジョンは第二隊の検討内容と、今後の方針を王子に報告して、赤鬼を含めた三人で協議の結果、方針変更の承諾をもらった。しかし、全ての可能性を考慮すべきとの判断から、現行の夜間警護は続けることになった。第二隊は新方針で活動することになり、夜を待たずにジョンは城に戻っていった。
 アタシは一人、取り残された。
「負けるもんかぅ…うぐぅ!うぐぅ!」<(謎の行動(笑
 ジョンのいない毎日は寂しくも辛くもあったけど、なにより物足りなかった。騎士の皆は新たな目標に向けて、全力を尽くしていた。
 ジョンが城に帰った翌日、事件から二十三日目。ジョシュ達は村中からロープと鎖を集めきった。集まったのは10mの麻のロープが六本、5mの鋼の鎖が五本だった。シグは、この村だけじゃ埒があかない、と城の顧問司祭を訪ねることにし、ロープの集まり具合と聖水についてジョンに報告し、その日の遅くに帰ってきた。超強行軍。聖水の効能はと言うと、元はただの水で、神の祝福を受けて、聖なる力を持った物だと言うことだった。つまり、ぶっちゃけ信じるしかないと言うのが結論だった。…とはいえ、結構聖水に弱い魔物は多かったりする。特に、呪いや病魔には飲み続ければ効くらしい。…アタシの場合は飲み続けたらヤバイのかな?
 事件から二十五日目。城のジョンからの早馬があった。彼からの手紙の内容は、アタシへのラブレター★…ではなく、例の病魔のこと。調べたうちの殆どの文献が、感染者、またはそれと思しき人物を殺害して解決している中で、高位司教の祈りにより回復した例があることがわかったんだって。その上、聖水による治療も理論的には可能だってその司教が語ってたみたい。
「…一番理論的じゃない連中が言う理論ねぇ…信じられるか?」
 疑わしい目で言うロイドに対して、信じるしかないさ、とジョシュは言った。
 翌二十六日目。ジョンの使者が到着した。特大ナマズが飼えそうなほど大きな瓶(かめ)と、瓶イッパイの水。そして、それに浸された十枚の樫木の大楯。使者から手渡されたジョンの手紙には、”瓶いっぱいの聖水を送る”とあり、”聖水を十分吸った樫木の大楯は、きっと我らを護ってくれる”と書いてあった。アタシへの言葉は、特別なかった(くすん。
 ロイドが瓶を覗き込みながら茶化す。
「聖水様々ってわけか。いざとなったら、瓶ごとひっくり返して聖水浸にしてやろうぜ」
 アタシは初めて見た聖水にちょっと興味を持った。半分魔族のアタシにはどんな影響があるのか知りたかった。恐る恐る指先を水面につけてみた。
 !
 次の瞬間、アタシは手を引っ込めていた。指先が軽い火傷のように、じりじりひりひりしていた。あはは、確認しといて良かった。いきなりこの大楯着けた日には、火傷どころじゃすまなかったワ。
 二十八日目。ようやく城から彼が戻って来た。予想通りというか、予定通りというか、相変わらず何も起こらず、来る次の満月に向けて、鼓動だけは急き立てられていた。
 ジョンは出迎えた第二隊に簡単に挨拶すると、何も起こっていない現状に安堵の表情を浮かべた。村を貫く街道を行き交う人々に目をやり、ジョンがぽつり。
「同時多発…と言う事態だけは避けたいものだな」
 ジョンが冗談交じりで言ったのを受けて、ニコルが真剣に言い返す。
「討伐隊からと言う事態もですよ!」
 当然だ。誰もが無言のうちにそう答えていた。
 その日の午後、ようやくリストが上がってきた。リストを見ると長期滞在をしているのは僅か五名だった。また、何度も往来を繰り返す商人たちについてもまとめてあった。その日、ロイドが滞在している五人の内、四人に事情聴取をして、商人たちについての聞き込みは、ジョンとアタシで受け持った。こんな色気のないデートでも、一緒にいられるだけで、アタシは嬉しかった。
 その夜、第二隊は王子と赤鬼を含めて、情報について話し合っていた。商人たちの情報は特に異変を感じる物はなくて、ほとんどがクレームと言った感じだった。ロイドが話した四人はと言うと、事件当日に到着した吟遊詩人に、その日暮らしでふらつく宿無し、泥酔して全裸で川に落ちたと言う酔っ払いに、当日遅くに帰宅した旅行帰りの男たちと、みんな怪しむことも出来れば、どうでもいい連中でもあった。そして事情聴取を受けていないあと一人はというと、なんとアタシだった。
「あ、そっか!アタシも事件の前からこの村にいたんだワ♪(〃▽〃」
 ロイドが言うには、このリストを作ったときにアタシの名前を見た村人が、きっとこの娘に違いないわ!と決め付けてたらしい。んもぅ、失礼しちゃう!
「キャットハーフで人間じゃないし、討伐隊に参加して、動向を調べて、討伐隊がいなくなったら暴れるつもりなんだろうって、サ。当たってるかい、ネコちゃん?」
 ロイドがアタシを覗き込む。ニコルが思い出したように口を開く。
「そう言えば…一昨日、聖水が届いたときに、聖水に触れてとっさに手を引いていましたよね?」
 その場の全員の視線がアタシを刺す。ヤなところ見られてたなぁ。すかさずロイドが付け加える。
「そう言えば、おまえは聖水に近寄らないよなぁ?魔族ちゃん」
 空気が一変した。ついさっきまで、完全に信用されてたのに、この一瞬でアタシへの容疑が山盛りになった。疑惑はまるで雪の玉…。小さな疑惑は、信頼で築かれた壁を下るにつれて、大きな疑惑へとその姿を膨らませていた。それぞれに言葉を交わしていたみんながアタシを見つめる。…アタシに夢中…なんて目じゃない(滅。
「アハハ、んもう、ヤだなー!アタシなはずないじゃん…」
 ヤバイ…みんな完璧に疑いだしてる!みんなの痛い視線に耐え切れず、ついたじろいでしまう。あんなに仲良くなれたのに…みんな疑ってる…。ッてユーか、ちょっとはアタシを信じてよぅ!!
 アタシは言い出したロイドや、ニコルに弁解した。なんて言ったか覚えてないくらい、とにかく必死だった。必死の弁解は更なる疑惑を生み、アタシとみんなを繋ぐ信頼の橋はすでに崩れ始めていた。崩れ落ちた橋の下には、もがけばもがくほどはまっていく、疑惑の沼が広がっていた。
 ヤバイ…泣きそう…。
 このまま続けたら溢れてしまいそうな涙を抑える為に、アタシは神経を集中した。
 泣けば許されるとでも思ったのかぁ?騙されるかよ!!
 誰かの声が頭に響く。声はいくつも増えて、アタシを責める。…泣くもんかぁ!
「……」
 沈黙がその場を包み、疑惑だけが場を征していた。みんなの目…怖い。
 否定したい!アタシじゃないって!きっとジョンはアタシを信じてくれる!
 アタシは信じてジョンを見つめようとした…でも見れなかった。ダメ!怖くて見れない!…ジョンまでアタシを疑ってたら?…やだ!やだよ、そんなの!!
 アタシはどうしようも出来ないでいた。膝の上の拳を見つめていた。ただ拳を握っていた。拳が押し当てられた膝の辺りが、白くなっていた。
 信じて欲しい…けど、口を開いても声が出ない。わなわなと唇が震える。視界が潤んで、形を留めなくなった。
 ヤバイ…涙出る…。
 頭の中の声はどんどん増えて、その声はだんだんとアタシを見つめるみんなの声になり、アタシを責め立てていた。もう限界がそこまで来ていた。
「いい加減にしないか」
 静寂を、アタシの頭の中の声を、かき消したのはジョンの声だった。…かすかに、呆れた感じが漂う声。
 アタシは瞬間的に彼を見上げていた。彼は公式のキリッとした表情だったけど、アタシを見つめる瞳には優しさがあった。
 ちゃんと彼だけは信じてくれていた!
 それだけでアタシには十分だった。アタシは安堵で零れそうになった涙をぐっとまぶたに閉じ込めた。彼はアタシの背中をぽんと叩くと、話し始めた。
「若いニコルが惑わされるのはともかく、元詐欺師のロイドまでが流言飛語に踊らされてどうする?(詐欺師じゃねぇ!とロイド)
 それに、王子やガッシュ様までがこの様とは…先が思いやられますぞ!
 仲間を信じられなくて、何を信じられますか?信ずることができなくて、何が護れますか?我らは騎士。この村を護ることを、今は第一念に掲げている。そして、それはこのりきゅあも同じこと。
 王子やガッシュ様も、しかとこの一ヶ月の彼女の働きを見ておられた。まさか、気づかなかったとでも?いかがですかな?」
 さすがは将来有望の若軍師。さすがの王子や赤鬼も、この気迫には舌を巻いた。嗚呼、やっぱり彼はアタシの王子様★
 何の弁明も出来ず口ごもる赤鬼を尻目に、ジョンは続けた。
「今は仲間割れをしているときではないことぐらい…察してください。
 我らが仮定している敵は、自身がそれであると言うことすら気づいていない可能性の方が高いのです。りきゅあに限らず、私を含めた全員に疑惑がかかっていても…おかしくないんですよ!」
 誰もが声を上げずに、身動きすることも出来ずに、彼の空気に呑まれていた。
「仮に、今追っている仮定が正しければ、一番信用が置けるのは、むしろりきゅあなんですよ。彼女は人間じゃないからこの病には感染しない!
 …最悪は彼女にこの村を閉鎖してもらい、国王に報告してもらわなければならないということです。
 …亜人種の彼女がいてくれたお陰で、我らの戦略は広がったんですよ」
 ジョンは諭すように言葉を切ると、手近なタオルを渡してくれた。アタシは受け取らずに、零れかけた涙を拭って、泣く分けないでしょ!と突っぱねた。
 悔しさと、怒りで涙が込み上げてくる。溢れそうになって、ぐずぐずになる。
「明後日には全て証明される。…君が最後の切り札だ。君がいてくれて良かったと思ってる」
 前の優しい目…。
 ジョンは気を取り直し、ロイドに向き直って続けた。
「それより、酔っ払いの話をもっと詳しく聞きたいんだ。聞かせてくれないか?」
 半べそのまま、きつく唇をかみ締めたアタシをよそに彼は主題に話を戻した。急に話を振られたロイドは慌て、言葉に詰まったが、すぐに気を取り直して詳細を話し出した。
 その後の話はほとんど耳に入らなかった。悔しさと溢れる涙を堪えるのに精一杯で、誰の顔も見たくなかった。誰の声も聞きたくなかった。…独りになりたかった。
 この日、ロイドがその酔っ払いのマークをする事と、村人からの容疑の掛かったアタシから、一人歩きの自由が奪われる事が決定した。村人たちの心配の芽は、出来るだけ摘み取らねば成らないと…。
 猫のアタシに鈴どころか、見えない首輪がはめられたその日、アタシは宿舎の一室に閉じこもった。必要以上に部屋のない建物の、数少ない小部屋。事実上の倉庫。
 窓もなく、扉を閉じてしまえば差し込む光はなかった。真っ暗な闇がアタシを包む。会ったことの無いパパの胸に抱かれているようで心地良い。
「アタシだって…好きでこんなふうに産まれたんじゃないモン…」
 誰にともなく言葉にしてみる。きっとパパが聞いているような気がした。だけどパパは何もしてくれない。声も聞かせてくれないし、アタシの頬に触れても、頭を撫でて"おまえは自信を持って生きればいい”と言って励ましてもくれない。
「パパ……ママ……」
 どれくらい時間が過ぎたんだろう?
 依然、辺りは闇が占拠していた。アタシに一番近い闇は、アタシのまぶたが作った物だと気づくには、時間は要らなかった。まぶたの闇を持ち上げると、薄暗い倉庫の景色。アタシはいつの間にか眠ちゃっていた。縮こまっていた体を、ぐいっと伸ばす。腕が積み上げられた空箱に当たり、空箱は上空からアタシに奇襲をかける。…何とか奇襲は防いだものの、ひどく大きな音がして、静寂に慣れきったアタシの耳にクリティカル。その物音を聞いたのか、すぐさま声が聞こえてきた。
「お目覚めかな?引きこもりプリンセス?」
 扉越しの声…彼だ…ジョンの声だ。優しさに満ちて、アタシの…ううん、きっと…全ての女性の油断を誘う声…。
「…ずっと…起きてた…もん…」
 素直になりたくないアタシ。彼はきっとアタシが寝ていたことなんて分かっている。だから…きっとこう言うの、寝てたくせに、ッて。
「…そっか。いろいろ言ってたのは…独り言だったんだ。そうと分かっていたら、聞き耳なんて立てなかったのに…ごめん」
 え゛!アタシ、寝言いってたのぉ?ずっと聞かれてた?きゃーっ!アタシ、ヘンなこと言ってなかったよね?
「…ずっと、聞いてたの?」
 恐る恐る聞いてみる。寝言を聞かれるほど怖いことは無い。
「ん、あぁ。最初からではないと思うけど。声が聞こえたから…つい、ね。ずいぶんとこの部屋に篭っていたから、きっと寝言かな〜って。目が覚めたら、これをネタにからかってやろうと思ったんだけど…寝言じゃないんだったら、盗み聞きしたことを詫びなきゃね。すまない!」
 …あわわ、からかいのネタになるような事言っちゃってたワケ?一体寝てる間、アタシは何を言っていたの?すっごく気になるよぅ。
「僕が聞いたことは誰にも口外はしないし、僕自身も忘れることにするよ」
 忘れてくれるのはありがたいけど…一体何を忘れるのよォ?
 扉越しの会話。彼の表情は見えないけど、きっと真剣な顔…。だけど、彼が紳士に振舞うほどに気になる、消えていく真実。アタシの寝言の真相。あ゛〜っ!…彼は駆け引きのタイミングを味方につけた、天性の意地悪だ。くすん。
 アタシの想いをよそに、扉の向こうから彼の声が続く。
「第二隊の皆も君に一言謝りたいと言っているよ。想像をはるかに超えた敵を目前に、皆動揺しているんだ。誰も本心から君を疑っていたりはしないさ」
 これ以上、意地を張ってても仕方ない。アタシがおずおずと部屋から出て行くと、彼は一人で待っていた。満面の笑顔で迎えてくれた。ふと彼の胸に頭を預ける。そっと髪を撫でてくれる大きな手。…大きな手ぇ!?ジョンの手はすらっと、ちょっと小さめだったようナ…。
 うつむいた状態のアタシの視野には、確実にジョンのではない足が映り込んでいた。がばっと顔をあげ、見回す。と、見回すまでもなく、ロイドを除く第二隊の皆がアタシを囲んでいた。アタシの髪を撫でた大きな手はジョシュだった。稽古の時でも触れるどころか、必要以上に近寄りもしなかった、女嫌いのジョシュ。
「本当に悪かったな。仲間を疑うなんてどうかしてたぜ」
 照れくさそうに言うジョシュ、申し訳なさそうにしているニコル…。遠巻きに視線を投げるシグ。
「共に戦う者を信じることが出来ないのなら、戦う意味は無いさ。なぜなら内部の炎にいずれ焼かれるのだから」
 …イマイチ言葉の意味を汲み取りにくいけど、信じてなきゃ裏切られるってことかな?ま、きっとシグもアタシを信用してくれているんだ!…と思う。アタシは急に嬉しくなって、今度は満面の笑みが溢れて止まらなくなっちゃった。
「みんな…アハっ★ありがトぉ〜ッ★」
 完全に舞い上がったアタシはジョシュに抱きついていた。ジョシュは一変して大慌て!…さすがに、髪を撫でる程度が精一杯だったみたい。
「うわっ!ばばばばばかっ!抱きつくなっ!あ゛ぁぁぁぁっっ!!」
 ようやくジョシュが落ち着いたときには、すでに日付が変わろうとしていた。日中に動きはなく、ロイドは寝ずの番で監視を続けているようで、その晩は戻ってこなかった。アタシは自分の寝言だけが気にかかったが、スッキリした気持ちで明日を迎えられそうだった。まだ見ぬ敵の現れる日を、信頼できる仲間と迎えようとしていた。
 二十九日目。アタシはジョンとデート…のつもりで村を巡回。何人かの村人の視線がちくり。だけど、みんなが信じてくれてるから、もう平気サ。昼過ぎになってロイドは例の男を追って酒場に現れた。アタシ達はそれを確認したうえで、酒場に立ち寄った。
 酒場の店内をぐるっと見回し、マスターに変わりがないかを聞く。もちろん、この昼日中から何かが起こるほど客は来ていない事は承知しているし、事件に関して進展がないことは分かっている。
「騎士様方も大変ですね。こんな小さな村にひと月も留まって頂いて…。挙句に何も起こらないのでは、退屈でしょう?」
 マスターは気を利かせたつもりみたいだけど、恐怖におののく村人の言葉とは思えなかった。てゆーか、何も起きないひと月の間に、村人たちには平安が戻って来ちゃってたのよね。微かに恐怖の事件を思い出させるのは、派遣された討伐隊と半壊した現場の存在だけなんだから。
 そんなマスターにジョンは丁寧に返答する。
「我々は事件が起きるのを心待ちにしているのではありません。真相を突き止め、再発を防ぐ為に派遣されたのです。何も事件が起きない、素晴らしい事ではないですか」
 ジョンはそう言って軽く微笑む。そして続ける。
「事件の真相については現在も調査中ですが、明日には解決できそうですよ」
 ジョンの明るい調子からマスターは、打ち上げは是非当店で!、と売り込みを忘れなかった。この店が次の現場になるかも知れないというのに…。アタシ達は努めて明るく振舞い、張込むロイドに一瞥し酒場を後にした。
「今日中に問題を起こしてくれれば、明日の変身は鎖の中になるのだがな…」
 ジョンはポツリと漏らした。ジョンも動揺してるみたい…。
 三十日目、満月の日。雲ひとつない快晴〜。雨が降ってたら、何もかもがまさに水の泡になっちゃうもんね。とうとう今夜、満天の星空と満月が見下ろすもとで全てが決着する…予定。
 ロイドは相変わらずあの男に着ききりで、今日も昼過ぎから酒場に入り浸っている。
 村中から集めたれたロープは、三本ずつ三編みにし、二本にまとめられていた。相手がトロール級であれば、これくらいしないと強度が足りないと思ったアタシの提案。ジョシュとニコルで編み上げた、めちゃごついロープの三編み。聖水効果を狙って、瓶に片側を入れて、聖水を染込ませていた。こんなのでグルグル巻きにされたら、一巻の終わりだわ…少なくともアタシは。
 日も傾き、辺りが朱色に染まり始める。露店商人は片付けを始め、行商人は宿を探す者、町を出る者と慌しく動いている。夜の暗がりと共に、漆黒の破壊者も近づきつつあった。
「親ジィ、酒だ!酒だぁ!!」
 例の男は声を荒げ、マスターに酒を要求する。ツケが貯まる一方の客に出す酒はない!…と言いたげに睨みつつ、マスターはしぶしぶとグラスに酒を注ぐ。それを酒場の娘が受け取り、男の元へと運ぶ。
 くるくると内巻きカールの栗色の髪と、仔猫のように耳元をくすぐるコロコロとした愛らしい声が魅力の少女で、店の看板であり、男のお気に入りの娘だった。男は半ば泥酔し、とろんとした目で少女を見つけると、薄汚い髭面の口がにたーっと開いた。すると、男は娘の腕をつかみ、ぐいと力いっぱいに引き寄せた。娘はバランスを崩し、酒で床を濡らした。男は構わず娘の腕を引く。
「いたいっ!」
 娘の悲痛な叫び。男は娘の顔を覗き込むように髭面を近づけた。
 その一部始終を見ていたロイドはいてもたってもいられなかった。すぐさま可憐な乙女を助けるのが騎士の役目であると頭では分かっているが、決定的な罪状で取り押さえなければ、ただの喧嘩騒ぎになってしまう。ロイドはちらりと窓の外に目をやった。既に日は落ち、闇が空の隅々から染み出して来ていた。頃合かと思いきや、まだ時期尚早とも感じられた。すかさず視線を男に戻す…と同時にロイドは立ち上がっていた。次の瞬間、男の髭面は娘の顔の横にではなく、ロイドの頭ひとつ上の位置で天井を仰いでいた。
「見てらんねーぜ!」
 ロイドは男の胸倉を掴み…男を掴み上げたまま、酒場の外に連れ出した。その姿にマスターも娘も、うれしげな表情を隠せなかった。他の客たちはやんやと騒ぎ立て、酒場の入り口から表の様子を窺いに集まっていた。
「美少女が絡まれてるの、見てらんないんだよね!」
 ロイドが掴み上げたままの男を、投げ捨てようとした瞬間だった。一瞬、ほんの一瞬その場の空気がよどんだ気がした。そして、その感覚はこの村の者だけでなく、周囲の動植物たちも感じていた。もちろんアタシ達もその異様な感覚を逃さなかった。
 宿舎に集まっていた第二隊は、すぐさま表に走り出た。そこで目にした光景は、異様と言うほかなかった。ロイドが掴み挙げている男の皮膚の所々がぶくぶくと盛り上がり、見る見るうちに男の体は二周りも大きくなった。衣服は破れ、ロイドの手には胸元の生地だけが残った。
 その後も男の体は隆起を繰り返し、見る見るうちにその姿は巨大な肉の塊となり、団子のような肉体に団子のような四肢の化け物になっていた。そこに現れたのは6mを優に越える肥満体だった。野次馬たちはその光景にあっけに取られ、声を上げることすら忘れ、息を飲むばかりだった。
「…」
 討伐隊の誰もが言葉を失う中で、アタシはついうっかり…。
「トロールっ★ビンゴぉ〜♪」
 ちょうど同じ頃、警護にあたっていた第一隊の王子達も騒ぎを聞きつけ、駆けつけていた。第一隊は計画通りにそれぞれの武器を収め、聖水で清めた樫木の大楯でトロールを取り囲んだ。
 取り囲まれたトロールの手には、つい先ほどと形勢の逆転したロイドの姿があった。低く唸る様なトロールの声。その声はうっすらと笑っているかのようにも聞こえた。そして巨体の化け物はロイドの腕を掴むと、あらぬ方向へ折り曲げた…。
 鈍い音が響く。
 第一隊の面々が、それぞれに詰め寄ろうとするが、掴み挙げたロイドを振り回す怪物に近づけなかった。
 手にしていたロープを落とし、何度も囚われの騎士の名を叫ぶニコル。これが彼の初めての戦場だった。
 彼は動揺し、半狂乱になっていた。冷静さを欠いては、騎士たる行動を取れるはずもなく、ジョシュの手を煩わすことになった。ジョシュは突撃をかけようとするニコルを抑えるので手一杯になっていた。ジョンはシグと共に野次馬に向かって、出来るだけ離れるように、と声を張り上げていた。アタシもジョンの側で野次馬に声を張り上げた。
 その間も化け物は掴んだ騎士を振り回すことを止めなかった。張込みの為にほぼ丸腰になっていた彼は、既に全身打撲は免れないであろうほど、振り回され、叩きつけられていた。関節という関節、関節ではない部分までもが、遠心力で空を舞っていた。今となっては、ブーツに潜めた短剣を抜くことも出来なかった。
 化物に振り回される中、ロイドは何度も声を出そうと試みるが、肋骨がきしみ、肺が痛む。声にならない声を、何とか声にしようと、ロイドは声を…最後の力を振り絞った。
「……我に仇為す者…を……切…裂ぁけぇぇっ!!」
 それが囚われの騎士最後の言葉だった。その身が空を切る轟音で、周りの誰の耳にも届いてはいなかった。しかし、その最後の言葉を、一振りの剣は受け止めていた。ロイドの小剣だ。それは群衆の頭上を飛び越えて、トロールにその漆黒の刃を突き立てた。しかし、間一髪、化物は掴んだ騎士を振り下ろし、その剣筋を変えることに成功してしまった。
 例え様もない激しい音が二度、立て続けに響いた。
 続いて、液体が飛び散る音。
 どさっと言う詰まった音。
 ずどんと言う激しい音が続き、くぐもった化物の絶叫が星空を飲み込んだ。
 立て続けに空間を支配した音は、次の瞬間、全てを無に帰すかのような静寂に空間を塗り替えた。
 誰もが、時間が止まったように感じた。
 次元の枠から抜け落ちたかのようにスローモーションで動く化物は、両足のくるぶしから下が、一歩後ろに並べてあり、首から右腕にかけての半身がなくなった人形(ひとがた)を振り上げていた。
 化物を囲む樫木の大楯の騎士達は、降りかかる横殴りの赤い雨を凌ぐのにその大楯を使っていた。
 野次馬の群衆は赤い雨に濡れながら、我先にその場から逃げ去ろうと他の者を掴んでは、またその者も他の者に掴まれ、混乱を感染させた。
 半狂乱から呆然へと感情のバトンタッチが終わったニコルの前には、化物が振り回している人形の残りが落下していた。それには生前を思い出させる何かはなく、ただの血と肉の塊だった。
 空間の全てがゆっくりだった。
 ゆっくり降り止もうとしたいる赤い雨だけが、空間を彩っていた。
 やがて赤い雨が収まると、赤い彩りを残したまま、空間はいつもの速さを取り戻し、音声をも取り戻した。それを証明するかのごとく、瞬間的に野次馬たちの大絶叫が巻起こった。
 ニコルは呆然としたのも束の間、うろたえに感情のバトンを奪い去られていた。力なく立ちすくむニコルを支えつつ、ジョシュの怒りの導火線には火がついていた。ニコルがいなければ、真っ先に飛び出し、致命的な一太刀を狙ったことだろう。
 ジョンと赤鬼は群衆の混乱を収めるほうに重点を置いていた。混乱した群衆から、無用な被害者が出ることを危惧していた。王子はおののく第一隊に檄を飛ばし、化物との距離を着実に詰めていた。
 一方の化物はと言うと、両足首を切り落とされた激痛の為か、その場を動くことすらままならなくなっていた。通常、治癒力の強いトロールであっても、常に傷口を地面に、しかも自分の体重で押し付け続けていては、その治りも遅いようだった。
 トロールはなおもその腕の人形を振り回し続け、第一隊を寄せ付けないようにしていた。アタシはジョンと一緒に群衆を静めて回っていたけど、混乱はさらなる混乱を呼んで、一向に収まる気配を見せてはくれなかった。
 化物よりもこっちの方が厄介だわっ!と思いつつ、混乱する野次馬を見回すと、ついさっきまで一緒に野次馬の対応をしていたはずのシグの姿が見当たらない。あれ?と思いさらに見回すと、銀色に輝く片刃の剣を引き抜く騎士を見つけた。シグルーンだ。強硬手段に出ると直感的に思ったアタシは、思わずシグに駆け寄っていた。
 アタシがすぐ背後に到達したことに気づいていたのか、シグは静かに言葉を紡ぐ。まるで、言い訳をしてるみたいに。
「大丈夫、命までは奪いません。ただ…彼だっていつまでも、ああやって振り回されていては…目が回って来世への道を迷ってしまうかもしれませんから…」
 言い終えるのが早いか、シグルーンは突風のごとく化物の懐に飛び込むと、一太刀で人形を掴んだ拳を、手首から切り落とした。拳は静かに腕を離れ、しばらく空を舞ってどすんと落下した。
 落下した拳は握られたままだった。何か、強い意志で、人形を離すまいとしていたんだろうか?人形は無造作に置かれたマリオネットのように、関節に囚われることなく四肢が折れ曲がっていた。
 赤を基調にした色彩は、舞い上がる土煙によって、その色合いを黒へと変えていた。
 月も、星も、真なる闇の破壊を抑えるかのように、夜の闇を明るく照らしている。
 化物は一向に疲れを見せず、第一隊を威嚇し続ける。…そして、じりじりと移動も始めていた。
 シグはすでに最前線から引き上げ、ロイドの名を力なく繰り返すニコルの肩に手を置いた。
「…見なさい。これはもうロイドではない。ただの骸だ」
 涙目でシグを見上げるニコルは困惑していた。ついさっきまでロイドは化物に変身すると思しき男を尾行していたのだ。それなのに、こんな姿になったロイドに対してシグはただの骸だと言う。名誉の騎士ロイドに対して、ただの骸だと言う。そんなニコルの気持ちを知ってか知らずか、シグは静かに続ける。
「誰であれ、死ねば骸になる。それは騎士とて同じ事。
 我ら騎士は信じるものの為、守るものの為に骸を越えて戦うのが勤め。戦うこととは、敵味方問わず骸の山を築くこと。何もうろたえる事はない。ただの骸だ。これはロイドじゃない。ロイドは君の心の中にいる」
 シグはニコルの肩に置いた手をそっと胸に移した。ニコルはそれを顔全体で追い、シグの手が止まるとシグの顔を見上げた。落ち着いた様子のニコルからジョシュは手を放すと、ニコルが落としたロープの一端を持ち上げた。
「…これが実践、真剣勝負だ」
 ジョシュは言い、実践…とうわ言のように繰り返すニコルにもう一端を渡して続けた。
「ロイドは面倒が嫌いな奴だ…とっとと片付けよう!」
 男の友情って!!…なんてアタシが感動しているうちに、ようやく第一隊の包囲が完了しようとしていた。
 トロールのぶよぶよの体の所々には火傷の様な跡があり、第一隊の聖水の大楯との衝突を容易に想像させた。シグが切り落とした手首の傷口は既に薄皮で覆われ、化物の再生能力、治癒力の高さを誇示していた。
 第一隊の包囲は完了し、化物の動きを封じたところをロープで足を絡め取る。その作戦の第一段階、化物の包囲を終えた第一隊は、化物を包囲しつつ、その注意を前方に集中させることに努めた。一方、三編みのロープを持ったジョシュとニコルは化物の背後に回り、その体を起こすのを待っていた。前かがみの状態ではひっくり返すのが困難だからだ。
 第一隊が威嚇し、化物が手を伸ばしたその時、第一隊の中央にいた騎士が、避けきれずに突き倒された。ここぞとばかりにトロールはのしかかろうと、前に身をかがめた。
 アタシはとっさに飛び出していた。注意を引くなら派手か、よく動くほうが良いに決まってる。アタシみたいに可愛くて、よく動く標的に気を取られないワケがない!
 アタシはひっくり返った騎士を飛び越えるようにして、化物の目の前に踊り出た。
「きゃっほ〜ぃ★特別にアタシが遊んであげるんだから、一生の思い出にしなさいっ!!」
 前かがみになった化物の鼻先を、宙返りで蹴り上げる!サマーソルトぅ!と心で叫びつつ、ひるんだ化物の視線をそらさないように、思い切り手足を伸ばして飛び跳ねた。
 もちろん、やり合うつもりなんてない。コイツに背筋を伸ばしてさえ、もらえばいいンだ。化物の足の間から背後を覗く。ジョシュ達はいつでも大丈夫そう♪アタシはトロールの攻撃の手を交わしながら、第一隊の騎士たちに叫んだ。
「しっかり楯、おさえててねーーっ!!」
 凪ぐように横殴りに飛んでくる化物の拳を伏せて交わし、第一隊の騎士たちが地面に大楯を突き立て、全身で支える姿勢をとったことを確認すると、振り下ろされた化物の腕をコロンと転がって避けつつ、片膝を立て、アタシは叫んだ。
「いぃーーーっくよぉぉぉーーーーーっっっ!!」
 掛声と共に大楯の壁に向かって猛ダッシュするアタシ。そして大楯を駆け上り、踏み台にして、トロールの頭上めがけて大ジャーーーーーンプ!!
 アタシの体は宙を舞った。
 しかし、トロールの頭への到達を待たずに、トロールの拳が迫る。この手に掴まれたら、アタシもロイドの二の舞だわ!と思いながら、注意深く迫る拳を見つめた。当然、化物は手を開いて掴みに来たが、アタシは先手を打って手を伸ばし、指の一本に爪を立てると、そのまま勢いをつけて、化物の手の甲に飛び乗った。
 トロールは振り落とそうと腕を振るし、脂肪ぶよぶよで足元の安定が悪いしで、さっさと四つん這いの猫走りに切り替えて、分厚い脂肪の皮膚に爪を立てた。
 そして何とか顔まで上り詰めたケド…アタシの肩ぐらいまである巨大で、醜悪な顔。アップで見るとキッツイわぁ〜(ぅぁ。
「ンもぅ、手間かけさせてぇ!」
 アタシは化物の鼻先を蹴り上げ、再び迫る腕を避けつつ、化物の眉間をよじ登った。
 化物の頭頂から見下ろすと、やっぱりかなーり高い。でも、既にジョシュたちが作戦を開始しているのが見えた。…ァハハ(汗、高さに目が眩んだって、アタシには時間的な猶予も、他の選択肢もないのよネ。
 アタシは再び迫る化物の腕を避けながら、ダイブするタイミングを計った。アタシは化物が両手で捕まえに着たその時、化物の後ろ斜め上45度に飛び出した。
 次の瞬間、化物の姿が残像となり、その姿は弧を描くように後ろに倒れていった。
 斜め後ろにとんだアタシの下を、アタシを見上げながら倒れていく化物。ついさっきまで足元にあった醜悪な顔が、次第の遠のいていく。そして轟音と共に、化物の巨体が砂煙を巻き上げたのが見えた。きっと大地は大きく振動したのだろうが、跳んだアタシには伝わってこない。大地の振動の変わりに、自由落下の重力を感じたアタシは、ぶよぶよぶるんとしたトロールの腹太鼓でワンクッションし、地面へと降り立った。
 その巨大な肥満体の為に身動きが取れなくなっているトロールは、第一隊により手足に鎖を巻きつけられ、地面に杭で打ちつけられた。ようやく、真犯人を捕らえた瞬間であった。







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