始まりの朝
-はじまりのあさ-



 
 ジョンの完璧な作戦と、アタシのとっさの機転で、ようやく化物を取り押さえることに成功した。こんな化物を生捕りに出来たなんて、ホント奇跡!愛の勝利って感じよネ。
 いまだ興奮覚めやらぬ野次馬たちは、化物が取り押さえられたことで、さらに熱狂していた。野次馬の中には、記念に化物に触ろうとする人達もいて、第一隊はそんな野次馬を追い払うのが次の作業になってしまっていた。
 野次馬のどよめきが大歓声に変わる中、ジョンは第二隊に号令した。
「各員、担当の門へ走り、門を閉ざせ!完全に封鎖せよ!」
 この号令の意味するところを、第二隊ははっきり理解していた。それぞれ各門に向かうと、すぐさま閉門し、門番に指示があるまで誰も通さないようにと伝えた。ロイドが担当していた西門には、初陣の興奮の覚めないニコルが向かった。
 事件の真犯人は簡単に感染してしまう病である。なんとしても、感染者を出す訳には行かなかった。騎士も大勢の野次馬も大量の返り血を浴びているため、村を封鎖し、最低一ヶ月の観察が必要だった。
 王子はまず事の真相を村長に伝え、村民の協力を仰いだ。その間にジョンは村の教会で、協力を仰いでいた。
「――事の経緯は今話したとおりです、司祭殿。即刻村人全員を聖水で清め、そして万一、化物の血液を飲み込んでしまったり、傷口に触れて、感染してしまった者がいた場合は、完治するまで聖水を与え続ける必要があるのです。
 つい先ほど、危急に村の全ての門を封鎖いたしました。最低一月は外部との接触を避け、この村のみで対応せねばなりません。哀れなる御神の子を救う為なのです!」
 力説するジョンと、この病について噂を聞いた事のあった司祭の理解で、早急に水瓶が集められ、前代稀に見る聖水の大量生産が始まった。司祭たちの祈りの声が響く傍らで、ジョンの指示で村の青年たちが、以前に城から持ってきていた聖水の瓶を討伐隊宿舎に運び込んだ。
「りきゅあ!村の女性たちを宿舎に誘導する。君は中で彼女らが滞りなく身を清められるように指示してくれ!」
 アタシは指示通りに宿舎内で、村の女性たちに聖水で身を清めるように働きかけた。状況をいち早く理解した女性たちも、積極的に手伝ってくれた。そのお陰で、アタシは聖水のそばに付ききりでいなくてすんじゃった。
 一方宿舎の外では、状況を説明する者、口に入った!と慌てふためく者、混乱はまだ続いていた。
 村の混乱は東の空が白む頃にようやく落ち着き、ちょうどその頃、男性用の聖水の大瓶の用意が整った。その傍らで、司祭の指示で修道士たちが飲用の聖水を配って回っていた。村民の対応にあたる騎士達も、疲れ、眠気に勝る興奮の為に一晩やり過ごすことが出来たのだろう。
 東の空に、全てを吸込みそうな白い太陽が全身を現し、昨夜の惨劇に鮮やかな色彩を与えた。乾いた血と土の色でかき混ぜたパレットのような現場。反して、そこを取り囲む群集は清潔な衣服を身にまとい、別世界の住人のようであった。
「はふ〜っ…っと、終わったかなゥ?」
 すでに村の女性たちは全員が聖水の水浴びを終え、アタシは宿舎の戸口にたたずんでいた。惨劇を物語る地面は、村の青年たちの手で浅く掘返され、徐々にその姿を地中に隠していった。そして肥満の化物の姿は既になく、真新しいローブを頭から被り、顔以外を余すところなく隠した男が、荷車に積まれているだけだった。もちろん見覚えのある顔だ。連日、昼日中から酒場に入浸り、昨夜も一人の騎士を生贄に捧げた男で、悪魔の病の患者さん。…彼も哀れな被害者なのよね。
「お疲れ様。男衆の聖水(みず)浴びもほぼ終わったよ。今は王子たちの第一隊が浴びてるよ。りきゅあもゆっくりお風呂に浸かってきたら?」
 声の主は夜中じゅう忙しく走り回っていたジョンだった。さすがに徹夜明けのせいか、少し疲れた顔をしていた。アタシの返事を待つ間にアクビを一度。
 アタシは人間じゃないから感染する心配がない。それで返り血を浴びたままの姿で、夜の間中、聖水浴びをしてきれいきれいしてる村娘たちを、少しウンザリしながら見ていた。ぶっちゃけた話、今この村で一番汚い格好をしているのは探すまでもない、このアタシだ(くすん。
 けど、レディのこのアタシを差し置いて、先に聖水浴びをするなんて、どういう神経してるんだろ?…まあ、あたしが聖水浴びしたらまず生きちゃいないけどサ。
「そだね、王子が聖水浴びしてるなら、もう大丈夫だよね。それに、夜のうちに変身する人いなかったし、全員聖水飲んでも平気みたいだし…」ぐっと伸びをする。「宿屋のおばちゃんにあぁーっついお風呂入れてもらお★で、最高級のローズオイル入れてもらっちゃォ♪もちっ、王子のツケでッ!乙女のお肌は徹夜や返り血なんかには耐えられないんだから★」
 ジョンは、そりゃあいい!と笑顔で答えてくれた。どんな報酬よりもうれしい、最高の笑顔だった。くぅ、返り血まみれじゃなきゃ抱きついちゃうのに!ぷんすか!
 公約通り(?)、この村に留まってからずっと気になっていたローズオイル風呂で、返り血と疲れを流し落としたアタシは、いつもの湯上りローブで宿舎に戻る。…って、さすがに真昼間からこれだけってのは何かあったら困るので、ちゃんと女戦士御用達のスパッツ着用♪
 ちょんまげ頭の湯上りりきゅあちゃんの登場を待ち構える男ども…じゃなかった、撤退準備を中断して集合していた騎士たちの一番後ろにちょこんと加わった。口を開いたのはもちろん王子だ。
「ご苦労だった。皆のお陰で、私に課せられた任務は無事に終了することが出来た。私は君らのような勇敢な騎士たちを率いることが出来たことを誇りに思う。これからも我が領土、国民の平和の為に尽くして欲しい」
 今まで何度となく使ったであろう、形式的な謝辞だった。つまんなぁい、と、アタシがソッポを向きかけたとき、ようやく今回オリジナルの部分が始まったの。
「中でも唯一の志願者、りきゅあの活躍には目覚しいものがあった。君の活躍がなければ、この結果は有得なかったかもしれない(ぃゃァ、トンでもないっスよ〜〃▽〃)。冒険者である君の知識と勇敢さは、我が騎士たちとも引けを取らないほど優れたものだ(そ、そうかなぁ、やっぱァ♪アハハ〜♪)。君と我らを引き合わせ給うた天空の神にも感謝しよう。…君がいてくれてよかった」
 王子はとても軽やかにアタシの健闘を称え、アタシを賞賛してくれた。…でもね、アタシは気づいちゃった〜。最後に一拍空いて続いた言葉で。これは王子の言葉なんかじゃない、ジョンだ。彼の入れ知恵に違いない(ぉ。多分、王子の言葉なんてのは、神に感謝〜のところぐらいに決まってる。第一、アタシは魔界の生まれだもんね!
 討伐隊の騎士たちが振返り、アタシに拍手とエールを送ってくれた。みんなすがすがしい顔をしていた…徹夜明けで、寝てないのにね。そんなみんなの笑顔の中で、ぽかりと空いた一人分のスペース…。もっとも勇敢で、最も核心の傍にいて、唯一の犠牲者となってしまったロイドの場所だった。それに気づいたアタシの表情は、一瞬、笑顔でなくなったかもしれない。けどね、すぐに笑顔に戻ることが出来たんだ〜。ロイドの声がね、姿がね…見えたような気がしたの…。上出来だ!…ッてネ。
 「さて、諸君…」赤鬼が拍手とエールを遮る。「残念なことに、我らが友である騎士ロイドが犠牲となってしまった。…」
 赤鬼はなんか難しい話を始めた。多分この辺りの宗教的な話か、国の騎士に対する殉死の話なんだろう。アタシには関係ない。ロイドはちゃんとアタシの中にいるもん。
 小難しい赤鬼の話が終わり、退去時間を決めて解散となった。後から聞いた赤鬼の話の要約はこうだと、ジョンが手短に説明してくれた。
「感染者は聖水を飲用することで、浄化作用に伴う酷い激痛が生じることが分かった。騎士等全員に感染の疑いはないと判断し、本日中に村より退去する。村には検査官を派遣し、聖水による感染チェックを向こう一月義務付ける。この間は外界と隔離し、食料等の必要物資は城より供給される。また、騎士等も城内において、同様の感染チェックを義務付ける…っと、こんな感じだね」
 アタシは撤退準備を続ける騎士たちと一緒に、荷物をまとめながら、このひと月のことを話していた。長い様で短かった一ヶ月。アタシはジョンと出会えて…ってゆーか、彼らと出会えて良かった♪ちょっとドキドキ、毎日楽しかったもん♪アタシは第二隊の皆とキリのいいところで別れ、ジョンの元へと向かった。
「じょんたん★お隣、良い?」
 アタシは返事を聞く前に、彼の隣に腰を降ろした。彼は嫌な顔一つせずに迎え、荷造りを続けた。
「決着ついてよかったね〜★毎日の睡眠時間、削った甲斐があったってもんネ★」
 アタシは荷造りのために手を伸ばそうとした彼の邪魔にならないように、彼と背中合わせになるように後ろに移動した。彼の広い背中にもたれかかる。なんかいい感じ★でも、このまま時間が過ぎれば、アタシはまた一人になっちゃう。そんなの…イヤだ。
 …ずっとこうしてたいなぁ…。
 このまま時間が止まればいいな…と思った。
「そうだ★」
「そうだ!」
 二人の声が短くハモる。そして短い沈黙。ほんと一瞬の沈黙。
「なぁに?」
 アタシは聞く。ナゼって、告白は男の子にしてもらった方が良いじゃない?ほら、惚れた弱みって言うし♪惚れたら負けなのよ!先に告らせてあげるわ★
「なぁに〜ぃ?ねぇ〜え〜?」
 お得意の猫なで声…半分ネコだし。アタシは背中をくっつけたまま、頭でぐりぐりする。ジョンは笑いながら、背中越しに言う。
「これから…どうする?」
「ほぇ??????」
 主語の無い短い質問。これって、アタシたち二人の”これから”についてってこと?すっとんきょうで、疑問符のたくさんついたアタシの返事に、また彼は笑った。そして続けた。
「りきゅあはさ、これから…また旅を続けるのかな?」
「ア…あぁ、あはは、そゆことね」
 ちぇ〜ッ、期待はずれっ!!思わずぐりぐりが止まってしまった。
 背中向きで良かった。きっと今、すっごくブサイクで、ヌけた顔してたと思うから。アタシは悟られないようにぐりぐりを再開する。きっと彼も照れているんだよ…きっと。
「これからね〜、どうしよっかな★この村にとどまる理由はもう無いし…来た理由も無いけどね〜」
 ぐりぐりんぐしながら天井を見上げる。天上に何があるわけでもないけど、なんとなくそうする。
 言葉に詰まる。
 アテなんて無い。あるわけないじゃん。誘われるのを待ってるんだから。…アテなんて作ってあげない。
「予定が決まってないならさ、ニ、三日、時間をくれないかな?」
 えぇ!?ほんとに誘ってくれるなんて!!思わずまたぐりぐりが止まってしまった。
 背中向きで良かった。きっと今、すっごくでれ〜ッとした、みっともない顔してると思うから。アタシは悟られないようにぐりぐりを再開する。
「デートのお誘いなら全然オッケーだォ★」
 !
 アタシ、なに言ってる?しかも、声上ずってるし!
 彼は一瞬止まり、大笑いした。
 エ???何デ笑ウデスカ???
「デートの誘いか、あはは、ナイス切り替えし!…デートね〜、ま、そんなもんかな」
 …冗談だと思われてるし。ま、いいけどさ!このデートで悩殺してやるんだからっ!
 アタシのそんな思いをよそに、彼は笑いながら続けた。考えてみれば、こんな楽しい会話なんて、はじめてじゃん。
「君をさ、名誉騎士に推薦しようと思うんだ。頭の固いご老体達に、女性だって立派にやれるって証明にね。それに、今回の作戦で君が果たした成果はかなり大きいからね」
 ちぇ〜。また政治的なお話だよ〜。…これも照れ隠しかなぁ?そうだよね?そうだよって言ってよ!
「…名誉騎士?何かもらえるの?」
「ん〜、勲章と金一封ってところかな?ま、旅の路銀には困らないくらいは貰える様に掛け合うけどね」
 どうでもいい質問にどうでもいい答え。ロマンスの欠片も見当たらないし、いい匂いもしない。これって、本当に照れ隠しなのかなぁ?なんか違う気がするけど…。
 アタシは…ぐりぐりを再開する。
「ふぅん。貰える物は貰うけどさぁ…名誉騎士なんて、柄じゃないよォ★アハハ」
 そう言ってアタシはテレ笑いをする…フリ。けど、彼はほんとに楽しそう。いっか、彼が楽しそうなら★一緒にいてツマラナイ女だったら、絶対振り向いてもらえないし!
「それじゃあ、もうちょっと一緒にいられるね♪らっき★」
 このまま時間が止まればいいな…と思った。
 お役目を果たした討伐隊は昼過ぎには村を出発し、お城への旅というほども無い道のりを進んでいる。王子はジョンの名誉騎士の発案を寛大に受け入れ、アタシはお城へと同行することになった。街道で一泊すれば明日の昼にはお城に着ける。
 討伐隊が村に迎えられた時と同じように、アタシはジョンの腕の中で馬に揺られている。ジョンのカッコイイ顔がすぐ側にある。タコみたいに唇を尖らせれば、すぐにキスできる距離…。
 ロイドの乗ってきた馬の手綱はシグが引き(アタシは一人で馬に乗ったことないことにしたw)、第一隊の騎士(名前知らない!)がローブの男の乗った台車を引いていた。ローブの男はただ横になったまま、ただただ台車の上で馬のリズムに揺られていた。確認したわけじゃないけど、きっとローブの下は鎖で縛り上げられてる。酔いも覚めず、自分の状況もつかめないローブの男。彼はこの先どうなっちゃうんだろ?
「ねえ…あの人はどうなるの?」
 ジョンを見上げる。ふと二人の目が合う…なんて事は無い。ジョンは何かを考えているような眼差しで正面を見据えていた。そのままアタシに返事をしてくれた。
 こんな可愛くて、清楚で純情可憐な乙女が腕の中にいるというのに、そっけない態度。ちょっとは強引にしてくれても良いのに★きゃっ♪(ぅぉぃ!
 …という妄想も虚しく、ジョンは淡々と言葉を並べる。男はお城で裁判にかけられて、その後が決まるんだってさ。ニ件の殺人と器物破損…ジョンの予想では最悪死刑…。
「でも今回は彼に非がある訳じゃないからね。疾患による心神喪失で無期拘束で推そうと思ってるよ」
 そう言ったときのジョンの声は少し明るかった。アタシの顔は見てくれなくても、口元に笑みが宿った。ジョンは自分の発言力の強さを充分利用するつもりだった。そしてアタシもそれを望んだ。今回の事件の本当の犯人はローブの酔っ払いじゃなくて、悪魔の病気なんだから。
 そう思ったのも束の間、またジョンの声が沈む。本当に心配なのはその先さ、彼は言って口をつぐむ。アタシは、どうして?と聞き、彼は、聞きたい?と答える。アタシは何も言わず、手綱を握る彼の手に、そっと手を重ねた。彼は口を開いた。
「…彼はおそらく教会に預けられ、病気を治療することになる…その治療の方が心配なのさ。僕の手が及ばない場所だから…どうすることも出来ない」
 ジョンの話では、すでに処方が分かっている場合は安心して任せることができるけれど、処方が分かっていない場合の治療は、拷問以上の仕打ちを受けることになるんだって。これまでの処方が試し尽くされると、さまざまな薬が試されて、必要であれば切開もされるって。つまり、治療の実験台…。
「正直、魔法学校のカエルやネズミ以下の扱いさ。それを考えると…死刑にしてやった方が楽かもしれない。…生かすために、死ぬほどの苦痛を与えられるんだからね…」
 アタシは考えていた。殺すことと生かすことを天秤にかける第三者のこと。余生を生む苦痛のこと。
「しかし、彼の名誉を思えば…死刑になんて出来る訳ないさ…」
 そう言ったジョンの手綱を握る手に、にわかに力がこもった。ジョンはまだ考えていた。ローブの酔っ払いに…満月の夜の化物に…どういった判決がふさわしいか。ローブの男を救う最良の手段が何かを考え続けていた…。アタシには分かる。
 そして、アタシも考えていた。考えなしの創造と破壊を行うニ界の種族なんかより、境界に暮らす人間の方が全然すごい力を持ってるんじゃないかって…。そして、今はジョンを誘惑できる雰囲気じゃないって!(ぉ。
 その晩は街道の脇で、野宿をした。見張りには赤鬼とジョンが立候補して、誰もが夜を徹して戦っていたから、反対するものはいなかった。上官への遠慮なしに、騎士達は横になったらすぐさま眠りの使者に連れ去られていった。
 アタシはジョンの隣に座っていた。焚火の向こうには赤鬼がどっかと座っている。せっかくのロマンチックなムードも台無しだゎ。…もっとも、ジョンの表情は険しさを失っていないままだった。まだ悩んでいるんだろうな。
 領民を守る騎士だから?優しいから?…人間だから?
 アタシは見つめていた彼の横顔から、視線を満点の夜空に向けて、そのまま後ろに寝転がった。
 アタシだったらどう決断するんだろ?やっぱり、一番苦しまないように死刑にしちゃう?…けど、病気はもしかしたら治るかもなんだよね?パパだったら?もちろん殺しちゃうよね…。生粋の魔族だし。…ママだったら…どうするかなぁ?やっぱり、ジョンみたいにたくさん悩んで、考えちゃうのかなぁ?
 …アタシは記憶の中に名前しかない両親にも置き換えて考えてみたが、答えなんて得られるはずもなく、忍び寄る睡魔に呼吸以外の自由を奪われていった。
 次の朝、目が覚めたアタシは空を飛んでいた。
 ん?!
 アタシはジョンにお姫様抱っこをされていたの!なんなの、この展開わ!これわ夢?!だって、アタシを抱き上げているジョンの顔は晴れやかだもん!
「お、いいタイミングで目を覚ましたね」
 ジョンは笑顔で、おはよう、と、そして続けた。
「どうしよう…下ろす?」
 冗談めかしてジョンが言う。
 …あれ?
 アタシが目を覚ましてから、現実を認識するまでにちょっと時間が必要だった。寝ぼけまなこを擦るための時間とは別にだ。そして、そのちょっとの時間は、もちろん彼の腕の中で過ごすことだけは決めた。
「ちょっと待って!考えさせて…」
「犯人の男の隣に乗るかどうか、改めて考えたいとさ!」
 一人の騎士が言った。
 ん?
 見回すと、アタシのすぐ下にはローブの男が乗る台車が…。
「うわぁ!!」
 アタシは思わず、でもきっと本能的にジョンに抱きついた。ちょっと驚いた感じのジョンは笑っていた。…周りの騎士達は大笑いしていたけど、この際どうでもいい。アタシにとってはジョンに笑顔が戻ったことの方が大ニュースだった。…それとジョンに抱きついたことね♪
 その日の正午過ぎには、討伐隊御一行様はお城に着いていた。休むまもなく討伐隊と犯人はお城の謁見室に通され、事の簡単な経緯が報告された。その場で王子の口から名誉騎士のことが伝えられ、王は笑顔で承諾した。勲章の授与式は明日の午前中に行い、午後は事件の裁判を行うということになった。討伐隊から裁判に参加するのは王子と赤鬼、そしてジョン。一転の曇りも表情に表さないジョン…。彼はもう決めたのだ。アタシは…彼を信じてる。それがどんなことであっても。
 ローブの男は衛兵に連れられ地下牢へ、アタシたち討伐隊は解散。アタシは高級宿の部屋を与えられた。その日、その後はジョンには会えなかった。第二隊だった皆は会いに来てくれたのに。
「俺らじゃあ役不足かもしれないけど…」
 そう言ってジョシュ達は城下町を案内してくれた。それほど大きくはない町。城壁で囲まれた傷だらけの町。ジョンはみんなより階級が上で、すっごく忙しいんだ。そう思うことにした。
 その夜、アタシは侍女たちに衣装合わせをさせられていた。黄色地に赤いリボンとピンクのフリルをちりばめた、可愛らしいドレス。…アタシが生まれて初めて着るドレス。胸元は浅く、背中は大きく開いていた。ちょっと尻尾が不自由だけど、嬉しくて気にならなかった。…借り物だけど。
 侍女たちはすごく可愛いと、よく似合ってると褒めてくれた。アタシもそう思った。…一番にジョンに見て欲しいと思った。
 そして、食事の用意された広間に通された。事件解決を祝してのパーティだった。豪華な料理がたくさん並んでいて、騎士達は遠慮がちに口をつけていた。ドレスアップしてさらに綺麗で可憐で、上品ポイントがさらに二倍!ゲッツ!…なアタシは注目の的だった(ォ。
 王は王座に納まることなく、一人一人の騎士に声をかけてまわっていた。そしてアタシにも、当然声をかけてきた。
「先ほどの謁見の間では高座より失礼をしましたね。貴女のご活躍のほど、ブランマージュ君から伺いましたよ」
 思慮深く、慈悲深いという村の評判どおりの王様…というか、腰低すぎ。きっと、こんな王様だから騎士の皆は頑張っちゃうんだろうな。
「活躍なんて、とぉ〜んでもない♪作戦立てたのはジョンたんだし、ちゃんと王子も指揮とってたし、それに…ロイドが、そう!ロイドが一番カッコ良かったんだからっ★」
「おぉ、なんと謙虚な…。…そうですか、ボリス君はカッコ良かったですか。こんな小国の騎士として散っていった彼も…貴女のような方に誉めていただければ、浮かばれることでしょう」
 ボリス君?…そいえばたしかロイド・ボリスって……魔界にもその名の響いたボリス盗賊団???あの話、ほんとだったんだね〜。
 異常に腰の低い王とのしばらくの会話を終え、一人になったアタシの視線は、自然とジョンを探していた。きっとこの部屋のどこかにいるはずなのに見つからない。そうしている間に、夜の使いが祝宴の幕を引いた。
 …ジョンにオヤスミを言えなかったけど、明日はきっと会えるよね。明日、全てを話そ。
 翌朝、アタシはお城からの侍女に起こされた。なんか偉くなったようで気分がいい…偉くなったんジャン!
 アタシはお城に出向き(今日はいつもの冒険服…でも、一番可愛い奴なの〜★)、昨日とはまた別人となった"高座の王"から名誉騎士の勲章を頂いた。王の側に控えていた赤鬼から勲章を首にかけられ、その隣に控えていたジョンから金一封を受け取った。公式の場であるにも関わらず、耳打ち程度だったけど、おめでとう、ッて言ってくれたのが嬉しかった。そして、この二人の騎士が元いた場所に戻ると、王は立ち上がり高々と手を叩いた。
 段取りにない王の行動に老臣の一同がざわめく。そのざわめきの中、一つの扉が開くと、数名の侍女たちが一着のドレスを持って入ってきた。…昨日の夜アタシが来たドレスだ。
 侍女たちがアタシの隣で、ドレスが床につかないように丁寧に運んできて、王は玉座を降りてアタシの目の前にいた。"高座の王"から昨夜の、腰の低い王様になっていた。
「とても似合っていましたよ。新しい物ではありませんけれど、ぜひお持ちなさいな。仕立て直しをせずともぴたりとあってしまうとは、貴女の為のドレスなのでしょう」
 王はニッコリと笑った。
 アタシもニッコリと笑った。
「ありがと〜ごじゃいマス★」
 ニコニコと頷いて、王は玉座に戻り、授与式は終了した。
 午後の開廷にはまだ時間があり、アタシはジョンを探した。形式ばってお城を連れまわされたおかげで、やっぱりジョンを見失ってしまった。
 そうこうしているうちに裁判は始まり、男は疾患による心神喪失による無罪となった。そして、ジョンの懸念したとおり、男の身柄は教会に引き渡され、治療を受けることになった。
 その夜、アタシはニコルの迎えを受けて、酒場へと出かけることになった。討伐隊の打上げなんだって。討伐隊のメンバーとその身内、友人らが集まり、参加者は総勢三十人くらい。しかし、そんな中でも、またしてもジョンの姿は見当たらなかった。何で打上げなのに、ジョンはいないのよぅ!?
 それぞれがテーブルにつき(運良く椅子に座れる人、グラスすら手に取れない人もいたけど)、そろそろ王子による乾杯の音頭かな?って雰囲気になっていた。そんな中、アタシは気になっていたことを確かめずにはいられなかった。この打上げが終わったら、もう二度とジョンには会えないかもしれない。そう思うといても立ってもいられなかった。とにかく、隣のニコルに聞いてみることにした。
「ねぇ、ジョンは来ないの?」
「もちろん来ますとも!今日は打上げもそうですけど、他にもちょっとした意味合いがあるんですよ!」
 人に隠し事をするとき、自然とその内容と表情が一致してしまうもの。ニコルはアタシに何か嬉しいことを隠しているようだった。すぐ側に寄ってきたジョシュは、アタシと目が合うと一瞬困ったように視線を外し、すぐに取り繕うように声をかけてきた。
「今日は王子の奢りだ、ジャンジャン食って、呑んで騒ごうぜ!」
「あたり前じゃん♪」
 アタシはジョシュの一瞬の困惑に気づかなかったように、グラスを掲げた。グラスには、天然の湧き炭酸水に、芳醇なワインを数滴落とした、この土地の特製ジュース。淡いピンクのグラスの表面には、小さな水玉が散らばっていた。
「さぁ、もうみんな揃っただろう?始めるとしよう」
 声の主は赤鬼だった。すでに一杯どころか、イッパイ呑んでいるようで、まさに赤鬼!赤い上にテカッていた。
 赤鬼の声に一同がにわかに静まると、すっと王子が立ち上がり、その手にはエール酒が湛えられたグラスが掲げられていた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。今日は労をねぎらう為に集合してもらった」
 そこまで言うと、一同がオーッ!と雄叫びを上げる。王子は雄叫びを手で制し、続ける。
「この度の事件では私を筆頭に、精鋭の皆が共に全力で取り組んでくれた為に、無事、解決することが出来た!諸君の勇気と、活躍をここに称えたい!」
 再び雄叫び。
「そして、唯一の志願者にして、我らに勝利をもたらした、幸運の女神、りきゅあ!」
 ほぇ?
 あっけに取られているうちにアタシはジョシュに担ぎ上げられ、テーブルの上にぺたんと座っていた。そう、まるでアタシもメニューの一品みたいに(もちろんメインディッシュよ!。
 周りの騎士たちが、ギャラリーたちが騒ぎ立てる。こういう雰囲気、…嫌いじゃない★
「イっぇーぃッ★」
 アタシはテーブルの上にぺたんと座ったまま、勢いよくグラスを掲げていた。皆もそれに習って掲げた。
「そして、…」
 上機嫌で手を振ったりしていたアタシは、さらに続く王子の言葉に耳を傾けた。
「勝利の喜びもさることながら、主の祝福により、ここに一組の夫婦を遣わされた!
 我らが頭脳、ブランマージュがめでたく結婚をすることになった!」
 一同の雄叫びはやむことなく、響いていた。
 え?
 アタシの時間は止まったかのように思えた。実際、アタシは笑顔のまま固まっていた。雄叫びは狂ったように響き続け、周りのみんなはスローモーションのように遠ざかり、アタシは一人取り残されたように感じた。
 今、なんて?
 頭に木霊するの声にならないアタシの声と、狂ったような雄叫び。
 アタシの時間は止まっていた。
 次の瞬間、アタシの永遠は再び動き出した。
 ギャラリーの女性たちの歓声。声のたどり着く先には正装したジョシュと…綺麗な女性(ひと)。ジョンは少し照れた感じだけど、落ち着いていた。そして、とっても嬉しそう。今までアタシに見せた、どの笑顔よりもやわらかい、愛に満ちた笑顔。その笑顔と釣り合うくらい(悔しいけど)愛に満ちた笑顔の綺麗な女性。
 ニコルの笑顔、ジョシュの困惑はこれだった。くぅ、知ってて言わなかったなァ!
 ジョンは歓声を手で制し、隣の綺麗な女性(奥様なんて呼ぶもンかぁ!)と確かめるように一瞬みつめあって、話し始めた。
「…事件も解決し、村も救われた。仲間のロイドを失い、一点の曇りもないわけではないが、多くの仲間に囲まれて、この結婚の報告を出来ることを嬉しく思う」
 その場にいた全員が静まった。喜びの報告に、ロイドの事を交えて言うとは思いもよらなかったから…。もっとも、それがジョンらしいのだけど。ジョンは静まった一同を見回して続ける。
「まあ、曇らない空なんてないし、晴れない曇りもない。僕は…いや、僕らはロイドの死をもって命の尊さを知り…」
 隣の女性の肩を抱き、自然とジョンと女性の手はお臍の辺りに引き寄せられていた。
 …ぁぁ、もぅ、ゃだぁ(泣。
「…この子を通して、命の愛おしさを知ることが出来るだろう。そして、…かの男には、健康のありがたさも教わることになった(笑)。…この短い間に非常に貴重な体験をさせてもらった」
 そう言ってジョンと隣の人(ぉ)は幸せそうに微笑みあった。そしてみんなが祝福した。…多分、アタシも祝福しちゃってた…かも。
 この先はあまり覚えていないの。思い出さない!こんな記憶、強制削除だーッ、えいっ!
 …………。
 …とても幸せそうなジョン。隣にはアタシがいるはずだったのに(マテ。
 その晩、遅くまで盛り上がった。
 アタシは酔っ払ったわけでもないのに記憶が途切れ途切れ…。もちろん、みんなの前では泣かないのだ。そう、誰よりも明るく騒いで、楽しんだ…ふり。大好きなジョンにだって、誰よりも祝福してあげる…ふり。
 帰りはシグルーンが宿屋まで送ってくれた。というよりも、ニコルは早々と潰れ、ジョシュは大虎で手がつけられない状態。ジョンは…ちぇっ。そんなわけで、シグが引き受けざるを得なかったと言うのが本当のところね。
 アタシは絶対に、この町を出るまでは泣かないと決めていた。その代わりに、町を出たら適当な理由を付けて泣くのだ。そう決めていたのに…。
 帰り道、アタシはシグといっぱい話した。というより、シグにいっぱい話した。事件のこと、生まれのこと、世界のこと…話題は何でも良かった。
 ただ、喋りたかった。
 シグは何も言わずに聞いてくれて、一緒に笑ってくれた。そして、別れ際に、一言だけ言って去っていった。
 シグの言葉に涙がこぼれた。押さえ切れなかった。
 シグの柔らかな言霊が、アタシの心に住み着いたのを感じた。
「いつか…私の詩になってください。
 もっとたくさんの土地を巡り、たくさんの出会いと恋愛をして、一段と素敵な存在になってください。
 そして私に届けてください。
 世界を、そして歴史を翔ける冒険者としての貴女の武勇伝を…、恋多き乙女の純恋歌を…」







■ あとがき ■
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