ジョンの完璧な作戦と、アタシのとっさの機転で、ようやく化物を取り押さえることに成功した。こんな化物を生捕りに出来たなんて、ホント奇跡!愛の勝利って感じよネ。
いまだ興奮覚めやらぬ野次馬たちは、化物が取り押さえられたことで、さらに熱狂していた。野次馬の中には、記念に化物に触ろうとする人達もいて、第一隊はそんな野次馬を追い払うのが次の作業になってしまっていた。
野次馬のどよめきが大歓声に変わる中、ジョンは第二隊に号令した。
「各員、担当の門へ走り、門を閉ざせ!完全に封鎖せよ!」
この号令の意味するところを、第二隊ははっきり理解していた。それぞれ各門に向かうと、すぐさま閉門し、門番に指示があるまで誰も通さないようにと伝えた。ロイドが担当していた西門には、初陣の興奮の覚めないニコルが向かった。
事件の真犯人は簡単に感染してしまう病である。なんとしても、感染者を出す訳には行かなかった。騎士も大勢の野次馬も大量の返り血を浴びているため、村を封鎖し、最低一ヶ月の観察が必要だった。
王子はまず事の真相を村長に伝え、村民の協力を仰いだ。その間にジョンは村の教会で、協力を仰いでいた。
「――事の経緯は今話したとおりです、司祭殿。即刻村人全員を聖水で清め、そして万一、化物の血液を飲み込んでしまったり、傷口に触れて、感染してしまった者がいた場合は、完治するまで聖水を与え続ける必要があるのです。
つい先ほど、危急に村の全ての門を封鎖いたしました。最低一月は外部との接触を避け、この村のみで対応せねばなりません。哀れなる御神の子を救う為なのです!」
力説するジョンと、この病について噂を聞いた事のあった司祭の理解で、早急に水瓶が集められ、前代稀に見る聖水の大量生産が始まった。司祭たちの祈りの声が響く傍らで、ジョンの指示で村の青年たちが、以前に城から持ってきていた聖水の瓶を討伐隊宿舎に運び込んだ。
「りきゅあ!村の女性たちを宿舎に誘導する。君は中で彼女らが滞りなく身を清められるように指示してくれ!」
アタシは指示通りに宿舎内で、村の女性たちに聖水で身を清めるように働きかけた。状況をいち早く理解した女性たちも、積極的に手伝ってくれた。そのお陰で、アタシは聖水のそばに付ききりでいなくてすんじゃった。
一方宿舎の外では、状況を説明する者、口に入った!と慌てふためく者、混乱はまだ続いていた。
村の混乱は東の空が白む頃にようやく落ち着き、ちょうどその頃、男性用の聖水の大瓶の用意が整った。その傍らで、司祭の指示で修道士たちが飲用の聖水を配って回っていた。村民の対応にあたる騎士達も、疲れ、眠気に勝る興奮の為に一晩やり過ごすことが出来たのだろう。
東の空に、全てを吸込みそうな白い太陽が全身を現し、昨夜の惨劇に鮮やかな色彩を与えた。乾いた血と土の色でかき混ぜたパレットのような現場。反して、そこを取り囲む群集は清潔な衣服を身にまとい、別世界の住人のようであった。
「はふ〜っ…っと、終わったかなゥ?」
すでに村の女性たちは全員が聖水の水浴びを終え、アタシは宿舎の戸口にたたずんでいた。惨劇を物語る地面は、村の青年たちの手で浅く掘返され、徐々にその姿を地中に隠していった。そして肥満の化物の姿は既になく、真新しいローブを頭から被り、顔以外を余すところなく隠した男が、荷車に積まれているだけだった。もちろん見覚えのある顔だ。連日、昼日中から酒場に入浸り、昨夜も一人の騎士を生贄に捧げた男で、悪魔の病の患者さん。…彼も哀れな被害者なのよね。
「お疲れ様。男衆の聖水(みず)浴びもほぼ終わったよ。今は王子たちの第一隊が浴びてるよ。りきゅあもゆっくりお風呂に浸かってきたら?」
声の主は夜中じゅう忙しく走り回っていたジョンだった。さすがに徹夜明けのせいか、少し疲れた顔をしていた。アタシの返事を待つ間にアクビを一度。
アタシは人間じゃないから感染する心配がない。それで返り血を浴びたままの姿で、夜の間中、聖水浴びをしてきれいきれいしてる村娘たちを、少しウンザリしながら見ていた。ぶっちゃけた話、今この村で一番汚い格好をしているのは探すまでもない、このアタシだ(くすん。
けど、レディのこのアタシを差し置いて、先に聖水浴びをするなんて、どういう神経してるんだろ?…まあ、あたしが聖水浴びしたらまず生きちゃいないけどサ。
「そだね、王子が聖水浴びしてるなら、もう大丈夫だよね。それに、夜のうちに変身する人いなかったし、全員聖水飲んでも平気みたいだし…」ぐっと伸びをする。「宿屋のおばちゃんにあぁーっついお風呂入れてもらお★で、最高級のローズオイル入れてもらっちゃォ♪もちっ、王子のツケでッ!乙女のお肌は徹夜や返り血なんかには耐えられないんだから★」
ジョンは、そりゃあいい!と笑顔で答えてくれた。どんな報酬よりもうれしい、最高の笑顔だった。くぅ、返り血まみれじゃなきゃ抱きついちゃうのに!ぷんすか!
公約通り(?)、この村に留まってからずっと気になっていたローズオイル風呂で、返り血と疲れを流し落としたアタシは、いつもの湯上りローブで宿舎に戻る。…って、さすがに真昼間からこれだけってのは何かあったら困るので、ちゃんと女戦士御用達のスパッツ着用♪
ちょんまげ頭の湯上りりきゅあちゃんの登場を待ち構える男ども…じゃなかった、撤退準備を中断して集合していた騎士たちの一番後ろにちょこんと加わった。口を開いたのはもちろん王子だ。
「ご苦労だった。皆のお陰で、私に課せられた任務は無事に終了することが出来た。私は君らのような勇敢な騎士たちを率いることが出来たことを誇りに思う。これからも我が領土、国民の平和の為に尽くして欲しい」
今まで何度となく使ったであろう、形式的な謝辞だった。つまんなぁい、と、アタシがソッポを向きかけたとき、ようやく今回オリジナルの部分が始まったの。
「中でも唯一の志願者、りきゅあの活躍には目覚しいものがあった。君の活躍がなければ、この結果は有得なかったかもしれない(ぃゃァ、トンでもないっスよ〜〃▽〃)。冒険者である君の知識と勇敢さは、我が騎士たちとも引けを取らないほど優れたものだ(そ、そうかなぁ、やっぱァ♪アハハ〜♪)。君と我らを引き合わせ給うた天空の神にも感謝しよう。…君がいてくれてよかった」
王子はとても軽やかにアタシの健闘を称え、アタシを賞賛してくれた。…でもね、アタシは気づいちゃった〜。最後に一拍空いて続いた言葉で。これは王子の言葉なんかじゃない、ジョンだ。彼の入れ知恵に違いない(ぉ。多分、王子の言葉なんてのは、神に感謝〜のところぐらいに決まってる。第一、アタシは魔界の生まれだもんね!
討伐隊の騎士たちが振返り、アタシに拍手とエールを送ってくれた。みんなすがすがしい顔をしていた…徹夜明けで、寝てないのにね。そんなみんなの笑顔の中で、ぽかりと空いた一人分のスペース…。もっとも勇敢で、最も核心の傍にいて、唯一の犠牲者となってしまったロイドの場所だった。それに気づいたアタシの表情は、一瞬、笑顔でなくなったかもしれない。けどね、すぐに笑顔に戻ることが出来たんだ〜。ロイドの声がね、姿がね…見えたような気がしたの…。上出来だ!…ッてネ。
「さて、諸君…」赤鬼が拍手とエールを遮る。「残念なことに、我らが友である騎士ロイドが犠牲となってしまった。…」
赤鬼はなんか難しい話を始めた。多分この辺りの宗教的な話か、国の騎士に対する殉死の話なんだろう。アタシには関係ない。ロイドはちゃんとアタシの中にいるもん。
小難しい赤鬼の話が終わり、退去時間を決めて解散となった。後から聞いた赤鬼の話の要約はこうだと、ジョンが手短に説明してくれた。
「感染者は聖水を飲用することで、浄化作用に伴う酷い激痛が生じることが分かった。騎士等全員に感染の疑いはないと判断し、本日中に村より退去する。村には検査官を派遣し、聖水による感染チェックを向こう一月義務付ける。この間は外界と隔離し、食料等の必要物資は城より供給される。また、騎士等も城内において、同様の感染チェックを義務付ける…っと、こんな感じだね」
アタシは撤退準備を続ける騎士たちと一緒に、荷物をまとめながら、このひと月のことを話していた。長い様で短かった一ヶ月。アタシはジョンと出会えて…ってゆーか、彼らと出会えて良かった♪ちょっとドキドキ、毎日楽しかったもん♪アタシは第二隊の皆とキリのいいところで別れ、ジョンの元へと向かった。
「じょんたん★お隣、良い?」
アタシは返事を聞く前に、彼の隣に腰を降ろした。彼は嫌な顔一つせずに迎え、荷造りを続けた。
「決着ついてよかったね〜★毎日の睡眠時間、削った甲斐があったってもんネ★」
アタシは荷造りのために手を伸ばそうとした彼の邪魔にならないように、彼と背中合わせになるように後ろに移動した。彼の広い背中にもたれかかる。なんかいい感じ★でも、このまま時間が過ぎれば、アタシはまた一人になっちゃう。そんなの…イヤだ。
…ずっとこうしてたいなぁ…。
このまま時間が止まればいいな…と思った。
「そうだ★」
「そうだ!」
二人の声が短くハモる。そして短い沈黙。ほんと一瞬の沈黙。
「なぁに?」
アタシは聞く。ナゼって、告白は男の子にしてもらった方が良いじゃない?ほら、惚れた弱みって言うし♪惚れたら負けなのよ!先に告らせてあげるわ★
「なぁに〜ぃ?ねぇ〜え〜?」
お得意の猫なで声…半分ネコだし。アタシは背中をくっつけたまま、頭でぐりぐりする。ジョンは笑いながら、背中越しに言う。
「これから…どうする?」
「ほぇ??????」
主語の無い短い質問。これって、アタシたち二人の”これから”についてってこと?すっとんきょうで、疑問符のたくさんついたアタシの返事に、また彼は笑った。そして続けた。
「りきゅあはさ、これから…また旅を続けるのかな?」
「ア…あぁ、あはは、そゆことね」
ちぇ〜ッ、期待はずれっ!!思わずぐりぐりが止まってしまった。
背中向きで良かった。きっと今、すっごくブサイクで、ヌけた顔してたと思うから。アタシは悟られないようにぐりぐりを再開する。きっと彼も照れているんだよ…きっと。
「これからね〜、どうしよっかな★この村にとどまる理由はもう無いし…来た理由も無いけどね〜」
ぐりぐりんぐしながら天井を見上げる。天上に何があるわけでもないけど、なんとなくそうする。
言葉に詰まる。
アテなんて無い。あるわけないじゃん。誘われるのを待ってるんだから。…アテなんて作ってあげない。
「予定が決まってないならさ、ニ、三日、時間をくれないかな?」
えぇ!?ほんとに誘ってくれるなんて!!思わずまたぐりぐりが止まってしまった。
背中向きで良かった。きっと今、すっごくでれ〜ッとした、みっともない顔してると思うから。アタシは悟られないようにぐりぐりを再開する。
「デートのお誘いなら全然オッケーだォ★」
!
アタシ、なに言ってる?しかも、声上ずってるし!
彼は一瞬止まり、大笑いした。
エ???何デ笑ウデスカ???
「デートの誘いか、あはは、ナイス切り替えし!…デートね〜、ま、そんなもんかな」
…冗談だと思われてるし。ま、いいけどさ!このデートで悩殺してやるんだからっ!
アタシのそんな思いをよそに、彼は笑いながら続けた。考えてみれば、こんな楽しい会話なんて、はじめてじゃん。
「君をさ、名誉騎士に推薦しようと思うんだ。頭の固いご老体達に、女性だって立派にやれるって証明にね。それに、今回の作戦で君が果たした成果はかなり大きいからね」
ちぇ〜。また政治的なお話だよ〜。…これも照れ隠しかなぁ?そうだよね?そうだよって言ってよ!
「…名誉騎士?何かもらえるの?」
「ん〜、勲章と金一封ってところかな?ま、旅の路銀には困らないくらいは貰える様に掛け合うけどね」
どうでもいい質問にどうでもいい答え。ロマンスの欠片も見当たらないし、いい匂いもしない。これって、本当に照れ隠しなのかなぁ?なんか違う気がするけど…。
アタシは…ぐりぐりを再開する。
「ふぅん。貰える物は貰うけどさぁ…名誉騎士なんて、柄じゃないよォ★アハハ」
そう言ってアタシはテレ笑いをする…フリ。けど、彼はほんとに楽しそう。いっか、彼が楽しそうなら★一緒にいてツマラナイ女だったら、絶対振り向いてもらえないし!
「それじゃあ、もうちょっと一緒にいられるね♪らっき★」
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